最近、中国人が日本の森林や水源地を買っているのはなぜですか?

 最近、世界各地で水不足が深刻化していますが、水を求める人たちの数の多さや環境汚染の深刻さにおいて中国に勝る国はありません。特に首都・北京の水不足の解決は急を要します。北京で真夏にシャワーを浴びるのは最高の贅沢だそうです。何しろ北京五輪の時には人工降雨を誘発させるロケットまで打ち上げて水不足をしのいだのですから、その深刻さは私たちの想像をはるかに超えています。このような事態を改善するために中国政府は「南水北調計画」という、南部の水を砂漠化の進む北部へ送る工事を進めています。これは万里の長城をもしのぐ大計画で、世界の注目を集めています。

中国で水不足が社会問題化したのは1960年代、華北平原においてでした。河川の上流に多くの農業用ダムを作ったので中下流への水量が激減して天津市が深刻な水不足に陥ったのです。1980年代には黄河中下流域でも水不足になり、1990年代にはついに大河である黄河が干上がってしまうという事態になりました。この「黄河断流」の日数は1992年には83日でしたが1995年は122日、1997年には169日と、どんどん悪化しています。中国から見れば日本は水に恵まれた、喉から手が出るほど欲しい水資源大国なのです。水をめぐる問題はこれから日中間の新たな火種になることでしょう。

なぜ世界的な水不足が起きているのですか?

 1993年、国連は3月22日を「国連水の日」と定め、毎年、調査レポートを発表して世界に警鐘を鳴らしてきました。それによると現在、世界人口の3分の1以上が水不足に直面しており、2025年には世界人口の半分以上が水不足に苦しむおそれがあるそうです。今でも世界人口の2割に当たる12億人が不衛生な水しか飲めない生活を強いられ、毎年300万〜400万人が水の汚濁が原因の病気で亡くなり、その多くが5歳未満の乳幼児です。

地球は「水の惑星」と言われますが97.5%は海水で、淡水はたったの2.5%です。しかもその大半は氷や地下水なので人間が容易に手に入れられる水は全体のわずか0.01%に過ぎません。この0.01%の水をめぐる争奪戦でこれまでに多くの紛争が起きてきたのです。

「21世紀は水の世紀」と言われますが、その原因は20世紀以降の機械文明の急激な発展です。ダム建設技術の発達によって河川が供給できる量を上回る取水が行なわれ、灌漑用水や工業用水を確保するために地下水をくみ上げ続けた結果、地下水が枯れてしまいました。温暖化による気候変動、近代化・都市化した生活も水不足の原因の一つです。

食生活の欧米化も見逃せない原因です。肉食が進むと多くの水が必要になります。家畜の飲み水だけでなく、家畜の餌となる穀物を育てるためにも水が必要だからです。例えば1キログラムの穀物を生産するためには平均して約1000リットルの水が必要ですが、牛肉1キログラムを生産するためには約20トンという、穀物とは比べ物にならないほど大量の水が必要になります。中国やインドなどの新興国の生活レベルが上がれば肉食が進み、それによってますます水不足が深刻化するのです。

日本は水に恵まれた国だというのは本当ですか?

 山本七平はイザヤ・ベンダサンというペンネームで『日本人とユダヤ人』(角川文庫)という本を書きましたが、その中に「日本人は水と安全はタダだと思っている」という文章があります。何かを贅沢に、ふんだんに使う時「〜を湯水のように使う」という表現があるように、日本は昔から水に恵まれていました。外国では王侯貴族でもめったにお風呂に入れず、お風呂に入ったことが自慢になった時代に、日本の庶民は毎日のようにお風呂に入っていたのです。これは驚くべきことです。日本には豊かな森林資源があり、降水量も豊富です。近代的な水道も驚くほど早く整備されています。

日本の水道や土木技術を語る時、常に例に出されるのが「玉川上水」と「琵琶湖疏水」です。徳川家康は1590年、江戸に入るに当たって家臣の大久保藤五郎に飲料水の確保を命じたそうです。その命令に従って小石川付近の湧水が江戸の中に引かれました。これが「小石川上水」です。「玉川上水」は4代将軍家綱の時代に多摩川から引かれたものです。「琵琶湖疏水」は明治維新後、都が京都から東京に移されたことによる京都の停滞を打破するために作られたものです。この水路によって水道、灌漑、水力発電、船運が起こされ、近畿圏の近代化が進みました。驚くべきことに、今でもなお京都市の4か所の浄水場がこの「琵琶湖疏水」から取水しているのです。

私たちは普段、水に関して何不自由なく生活しています。ですから世界の水の危機を肌で感じることは幸いにして今のところありません。これは日本が水資源に恵まれたことにもよりますが、実は日本が「バーチャルウォーター」の輸入大国だからです。

「バーチャルウォーター」とは1990年代から使われ出した言葉で「仮想水」「間接水」などと訳されます。農産物などの食糧に姿を変えた水、というような意味です。日本は食糧自給率が低く、食糧の大半を輸入に頼っています。食糧を生産するためには大量の水が必要なので、食糧を自給していない日本はその分、自国内の水資源を節約できるのです。しかし逆に食糧を輸出している国の水資源は枯渇し、砂漠化が進んでいます。

水不足は私たちの生活にどのような影響を与えるのですか?

 地球が自然のままの食糧生産によって養うことのできる人口はせいぜい5億人程度なので65億人の人類を養うには組織的・人工的な農業をしなければなりません。それが灌漑農業です。つまり水は主に食糧生産のために使われているのです。

灌漑農業は2期作や3期作を可能にすることで生産性を飛躍的に高めます。しかし一方で塩害をもたらしますし、地下水を大量にくみ上げるので地下水の水位の低下や枯渇を招きます。地球の淡水の3割を占める地下水は地球の血液と言ってもいいほど重要なものですが、それが今や危機的な状態なのです。
地球環境という面から見ると灌漑農業は大量の水を浪費する方法でもあります。用水路・排水路を流れる水が日光にさらされると流水の表面や圃場(ほじょう)の表面から蒸発してしまうからです。作物からも水は蒸発し続けます。動物が汗をかくことで体温を調節するように、植物も熱を放出するために水分を蒸発させます。そのため農業用水の半分以上は回収することができないのです。

灌漑農地の水の管理を誤れば、それは食糧の生産低下を招きます。特に食糧の大半を輸入に頼っている日本では、水不足はそのまま食糧危機につながりかねないのです。


ペットボトルの水と水道水はどう違うのですか?

 「玉川上水」や「琵琶湖疏水」の例でも分かるように、昔から日本の水道技術は傑出していました。その伝統は今も生きています。日本の水道普及率はほぼ100%で、水系伝染病は完全に駆逐されたと言っていいでしょう。日本の水道水は水質基準を満たしているかどうか、厳密な水質検査が行なわれています。かつてはあったカルキ臭も最近は濾過技術の進歩によってほとんどなくなりました。にもかかわらず「ボトル水のほうが水道水より安全でおいしい」と思っている人が多いのはなぜでしょうか?

毎年6月1日から1週間は「水道週間」と決められ、全国の水道事業者によってさまざまな行事が行なわれています。これは水道水を普及させようという政府の方針で1958年に始められたものです。この時、同じ水温の水道水とボトル水をコップに入れて見学者に飲んでもらい、どちらがおいしいかを聞くと約6対4で「水道水の方がおいしい」という人が多いそうです。

2003年4月、横浜で販売されていたミネラルウォーターから濃度の高いホルムアルデヒドやアセトアルデヒドが検出されるという事件が起こりました。ミネラルウォーターは食品衛生法によって「水のみを原料とする清涼飲料水」と定められ、18項目の水質検査が行なわれています。ただこれは原水を検査するだけなので、検査後の製造過程や運搬途中にアルデヒドが混入した可能性が高いそうです。これに対して水道水のチェック項目は51あり、水道水は蛇口から取水した水を検査するように定められています。

日本では1980年代に「おいしい水ブーム」が起き、スーパーやコンビニには今やさまざまな種類のボトル水が溢れています。しかしボトル水も水道も水源は同じですし、使用済みのペットボトルの処理は環境悪化を引き起こしています。消費者がボトル水を求める以上、市場原理に委ねるしかありませんが、本当にボトル水の方が安全でおいしいのか、私たちはもう一度考える必要があるのではないでしょうか。

地球は本当に温暖化しているのですか?

 「異常気象」という言葉が頻繁に使われるようになったのは1960年代ですが、当時はむしろ「地球は寒冷化に向かうのではないか」と言われていました。地球が温暖化に向かっていることが科学者の間でほぼ共通認識になってからもその原因については意見が分かれていました。しかし2007年にスペインで開かれた「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」では地球温暖化の原因について「人為的な温室効果ガスである確率が90%」とほぼ断定されました。

二酸化炭素(炭酸ガス)が増えれば地球が温暖化することにいち早く気づいていたのが宮沢賢治でした。彼は故郷の岩手を「イーハトーヴ」と名づけ、こよなく愛しました。彼の童話『風の又三郎』の中に「グスコーブドリの伝記」という話があります。7月の末になってもイーハトーヴが暑くならないことを心配したイーハトーヴ火山局技師のグスコーブドリは、クーボー大博士を訪ねます。そして火山を人工的に爆発させて空気中の炭酸ガスを増やし、農民を冷害から救うために自分が犠牲になることを決意する、というお話です。

IPCCは温暖化の影響によって2050年までに世界で10億人以上の人が水不足の影響を受けるだろう、と予測しています。また東アジアや東南アジアの低緯度地域では平均気温が1〜2度上昇するだけで作物生産性が低下し、飢餓リスクが拡大すると予想しています。日本は小麦や大豆を初めとする穀物を海外からの輸入に頼っていますが、温暖化で干ばつや砂漠化が進めばそれらの輸入が途絶えるおそれがあります。食糧危機に対する対策を早急に講じる必要があります。

「エルニーニョ現象」とは何ですか?

 「エルニーニョ現象」という言葉がよくニュースに出るようになったのはいつ頃からでしょうか? 1970年代まではせいぜい4〜5年に一度しか発生しなかった「エルニーニョ現象」ですが、最近はその頻度が増しています。「エルニーニョ現象」は南米ペルー沖から太平洋中部の赤道付近にかけての海面水温が半年から1年半にわたって平年より1〜5度上昇する現象で、「ラニーニャ現象」はその逆です。

「エルニーニョ現象」が発生すると貿易風が弱まったり向きが逆転したりして、温水域がペルー側に広がり、積乱雲の発生域も東側に移ります。その結果、世界的な気象パターンに狂いが生じ、翌年には世界的規模で異常気象になります。

近年では2002年に「エルニーニョ現象」が発生し、北半球を中心に異常気象が多発し、主な小麦生産国であるアメリカ、カナダ、オーストラリアが干ばつに見舞われました。2003年も世界的に高温で、6〜8月にかけてユーラシア大陸や北半球が異常気象でした。2005年は「エルニーニョ現象」も「ラニーニャ現象」も観測されていないにもかかわらずアメリカ、南ヨーロッパ、オーストラリア、アルゼンチンなど主要穀物産地で高温乾燥天候になりました。高温乾燥天候になると作物は水分の蒸発を抑えようとして葉をきつく巻く習性があり、その結果、光合成が低下し、生育が止まってしまうそうです。

参考文献:浜田和幸『中国最大の弱点、それは水だ!−水ビジネスに賭ける日本の戦略―』(角川SSC新書)
     柴田明夫『水戦争―水資源争奪の最終戦争が始まったー』(角川SSC新書)



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