なぜ中東諸国で次々に民衆暴動が起きるのですか?

 チュニジアの「ジャスミン革命」から始まった民衆暴動は30年続いたエジプトのムバラク政権を倒し、リビアやイエメン、バーレーン、ヨルダンなど各国へ飛び火しています。マスコミはこれを「長年の独裁体制に耐えかねた市民による民主化」と肯定的に報じていますが、それだけが問題の本質ではありません。暴動の背景には高失業率、経済格差、そして食品価格の高騰があります。
1月に暴動が激化したアルジェリアでは砂糖や食用油の価格が2カ月で約2倍に急騰し、エジプトでもパンなどが1年前の10倍以上に値上がりしていたそうです。2008年にも異常気象によって食糧危機が起こりましたが、値上がりしたのは穀物に限られていました。今回は穀物だけでなくコーヒー、カカオ豆、砂糖まで値上がりしています。

歴史を振り返ると鬱積した民衆の不満が限界に達し、行動に移る直接の引き金になるのは「食」であることがほとんどです。フランス革命もロシア革命もソ連崩壊も背景に食糧高騰がありました。今年、世界中で同時多発的に民衆が蜂起しているのは、世界中の貧しい国々で食糧高騰が生活を直撃する構造が出来上がっているからです。

1日1ドル以下で暮らしているような貧しい国々では生活費の中の食費の占める割合(エンゲル係数)が非常に高いです。ですから食料品の値上がりがすぐさま家計を圧迫することになるのです。

なぜ世界的な食糧高騰が起きているのですか?

 国連食糧農業機関(FAO)の調べによれば2009年1月から2年間で世界のトウモロコシ相場は51%、小麦は32%、砂糖は177%も上昇しています。原因は大きく分けて3つあります。まず中国、インドなど新興国の人口増加と所得増大、そして温暖化による異常気象、投機マネーの流入です。

なかでももっとも大きな要因は人口増大です。日本は人口が減少し始めたのであまり実感が湧きませんが、世界の人口は爆発的に増えています。1970年に約37億人だった人口は現在70億人近くに達し、たった40年でほぼ倍増しています。このまま行くと2030年には「地球が養える最大人口」と言われる80億人を突破することになってしまいます。単に人間の数が増えるだけではありません。中国やインドの経済成長は目覚ましく、中国ではこれまで肉など食べられなかった庶民が肉を食べ始めています。

肉食が進むと穀物が必要になります。例えば牛肉1キロを生産するには11キロ、豚肉1キロなら7キロ、鶏肉1キロなら4キロのトウモロコシが餌として必要です。新興国の食生活が向上することによって世界的な穀物価格の高騰が引き起こされるのです。

世界第1位のトウモロコシ輸出国であるアメリカでは原油が高騰したため、2005年からトウモロコシを原料とするバイオエタノールの増産に本腰を入れています。今では総生産量の35%がバイオエタノール生産にあてられ、輸出に回るトウモロコシは15%以下に減りました。世界銀行の調査によると穀物価格高騰の4分の3がアメリカのバイオエタノール政策のせいだそうです。

日本でも食料品が高くなっているような気がしますが?

 日本では小麦の輸入は国が管理しています。商社が輸入した小麦を政府がいったん買い上げ、それに1キロ当たり15円〜20円の利幅を上乗せして国内の製粉メーカーに売り渡しています。2011年4月から、この政府による製粉メーカーへの売り渡し価格が18%引き上げられることになりました。これによって小麦で作られるパン、うどん、ラーメン、パスタなどの値上げが予想されます。

日本人の食卓に欠かせない醤油、味噌、豆腐、納豆などは大豆製品です。しかし実際には大豆製品の96%が輸入大豆で作られています。大豆はアメリカ、ブラジル、アルゼンチンで世界の大豆の約8割を生産しています。しかしアルゼンチンが干ばつで不作だったため、シカゴ商品取引所の先物価格で大豆はこの1年間で43%も上昇しました。私たちの食べる大豆製品がさほど高くなったように感じられないのはほとんどの大豆をアメリカから輸入していること、ドル安円高であること、海上運賃が下がったこと、などによります。しかしもし円安になれば、大豆製品の値上げは免れないでしょう。

遺伝子組み換え作物(GM作物)とは何ですか?

 アトピー症状と遺伝子組み換え作物との関連が疑問視されていますが、遺伝子組み換え作物とは一体何でしょうか? アメリカの巨大バイオ企業である「モンサント社」はもともとは除草剤メーカーでした。しかし強い除草剤を使うと雑草だけでなく作物そのものも枯れてしまいます。そこで「モンサント社」は遺伝子組み換え技術を使って除草剤に耐性を持ち、干ばつや冷害に強く、収量も増える、自然界にはなかった種子を研究・開発したのです。
バイオ企業は自社が開発した種子の特許を取得します。すると農民はその種子を使うたびにバイオ企業に特許料を払わなければならないのです。このような穀物の種子を使った知的財産権ビジネスが今、世界中で繰り広げられています。

日本ではGM作物の「栽培」は禁止されています。しかし実際には私たちの食卓にすでにGM作物は入りこんでいます。栽培はダメでも輸入は許可されているからです。例えばGM作物のジャガイモを使ったフライドポテト、ポテトチップスなどは普通に食べられています。日本でGM作物の審査をしているのは厚生労働省医薬食品局食品安全部という部署です。2010年5月の時点でここの安全審査を終えた食品は116品種、添加物は14品目あります。
食品表示にも嘘があります。例えば納豆や豆腐の「原材料」というところには丸大豆(遺伝子組み換えでない)と書かれています。これを見て消費者は安心して買うわけですが、これはGM大豆を一粒も使用していないということを意味しているわけではありません。一粒も使っていなければ、このような表示すら必要ないのです。醤油、大豆油、コーン油は加工の過程で原料のたんぱく質やDNAが分解されるから、という理由で表示を省略できることになっているのですが、なぜかわざわざ「遺伝子組み換え大豆を使用していない」と表示されています。このように食品の表示にはトリックがあるのです。

毒入りギョーザ事件の真相は分かったのですか?

 2008年1月に発生した「中国毒ギョーザ事件」は私たちが食の安全について考えるきっかけになりました。中国の食品会社「天洋食品」が製造し、日本に輸入された冷凍ギョーザに有機リン系殺虫剤「メタミドホス」が入っていた事件です。密封された袋の内側から薬物が検出されたことから中国での製造過程に問題があったことは確かでした。しかし中国側は責任を認めず、逆に日本を非難する始末でした。

2010年3月、事件が人々の記憶から遠くなりかけた頃、犯人が逮捕されました。「天洋食品」の元従業員、呂月庭です。彼は工場に害虫駆除のために置いてあった「メタミドホス」を注射器でギョーザに混入させていたそうです。動機は待遇が悪いことへの恨みや同僚への反感、だそうです。
犯人逮捕によって事件はいちおう解決したように見えますが、外国で加工された食品を輸入して日本で販売するという仕組みが変わらない限り、同じような事件はいつでも起こる可能性があります。食品の製造過程を監視することができず、事件が起きても日本の警察が捜査に入ることができないからです。食品衛生に対する考え方も国によって違います。自分の口に入る物を外国人に作らせている危険性について私たちはもっと敏感になるべきだと思います。

日本の食糧自給率はどれぐらいですか?

 カロリーベースで食糧全体の自給率は約40%、穀物自給率はわずか27%です。野菜は比較的高くて約80%、畜産は約55%、飼料は約26%、100%以上あるのは米とミカンだけです。

他の先進国の自給率はどうでしょうか? 例えば穀物ではフランスは164%、アメリカは150%、ドイツは102%です。農林水産省が調査した175の国と地域の中で、穀物では日本はなんと125位、北朝鮮よりも下位なのです。フランス、ドイツなどは1950年代には自給率が低かったのですが、危機感を抱いた政府の施策が効果を上げ、今では高い自給率を保っています。自給率を上げるためにこれらの国々は農家に手厚い所得補償をしています。

スイスの自給率はヨーロッパでは低い方ですが、それでも60%です。標高3千メートルを超える高地で酪農をする農家に対してスイス政府は約530万円を支給し、低地の農家にでも330万円を支給しています。そして流通業者は3カ月分、国民は自分の家に少なくとも2週間分の食糧を備蓄することが法律で義務づけられています。このような国々の「食糧は安全保障である」という考え方を日本の政治家は学ぶべきでしょう。

なぜ日本政府は減反(げんたん)政策をしているのですか?

 米が取れすぎると価格が暴落するので価格を維持するため、と称して政府は「減反」という、米をわざと作らないようにする政策を取って来ました。日本の農民に対しては「減反」を強いる一方で、政府はアメリカなど外国の米を輸入して来ました。1993年の「ガット・ウルグアイ・ラウンド」で「ミニマム・アクセス」という、米を最低でもこれだけの量は輸入しますという約束をさせられたからです。現在、毎年約77万トンもの米を輸入し、飼料やお煎餅などのお菓子にする加工用に回しています。

「三笠フーズ」の菓子が農薬に汚染された米を使っていたとして騒ぎになったことがありましたが、これは「ミニマム・アクセス」で輸入された米です。本来、農薬汚染が判明すればそれを輸出国に返品すべきなのですが、政府はそれをせずに、食用に使われることを承知の上で「三笠フーズ」に安く売却していたとしか思えません。

「減反」政策で日本の美しい田園風景は変わってしまいました。常に水を入れて、手入れを怠らないようにしないと田んぼは荒れてしまいます。「お金さえ出せば食糧はいくらでも手に入る」時代は終わりに近づいているのですから、今後は「減反」を止めて水田をフル活用し、米を増産するべきでしょう。

日本はいつから食糧を輸入に頼るようになったのですか?

 大東亜戦争まで、日本政府は食糧を自給するべく努力して来ました。しかし敗戦後、アメリカに占領されたことによって日本人の食生活は大きく変わりました。アメリカは世界最大の軍事国家であると同時に世界最大の農業国家でもあります。トウモロコシや小麦の輸出量で世界一を誇るアメリカは、その圧倒的物量を武器に日本人の「食」を自国の利益になるように操作して来ました。
戦後、アメリカは「食糧支援」の名のもとに学校給食にパンと牛乳を採用させました。「米を食べるとバカになる」というキャンペーンの効果もあって日本中にパン食が広まり、主食だった米の消費量は激減しました。手軽に、安く食べられるファストフードは高度成長期の忙しい日本人の生活の中に入りこみ、定着しました。

日本の農業をさらに衰退させたのは「自由化」という名の農産物の輸入です。1960年、「貿易・為替の自由化計画大綱」で35品目を輸入することが決定し、1969年にはさらに25品目が自由化されました。穀物の輸入量は1960年が450万トン、1970年が1580万トン、現在は2800万トンです。

今、農家は高齢化と後継者不足に悩んでいます。後継者がいないのは、農業では食べていけないからです。なぜなら農民は、自分で作った生産物の価格を自分で決められない仕組みになっているからです。ですから大部分の農家は専業農家ではなく、働き手が会社勤めなどをしながらの兼業農家です。今回の大震災で日本人の食を支えてきた東北地方は大打撃を受けました。ここで政府がこれまでの政策を反省して農民を支える政策に転換しなければ、日本の農業は滅びてしまいます。

日本は食糧を主にどこから輸入しているのですか?

 農産物全体を見るとアメリカ、カナダ、オーストラリアの3カ国で全輸入量の90%を占めています。畜産物もアメリカ、カナダ、オーストラリアの3カ国で全輸入量の71%を占めています。ただアメリカやカナダなどの政府がいつも、直接貿易をしているわけではなくて「ファンド」や「多国籍企業」が重要な役割を果たしています。

アメリカはこれまで日本の農業を衰退させてまで自国の農産物を売りこむことを国家戦略として来ました。しかしそんなアメリカでも今、食料品が値上がりし、国民が不満をつのらせています。アメリカの共和党は伝統的に中西部、南部の農業地帯が地盤なのに対して民主党はどちらかと言えば都市部の労働者、黒人、ヒスパニック系などが支持基盤です。オバマ大統領は自分の支持者である貧しい黒人層の声を無視することはできません。そのため自国の農産物をこれまでのように無制限に輸出するのではなく、何らかの規制をかけて国内に回し、国民を満足させないとただでさえ下がっている支持率がますます下がってしまいます。アメリカがこれからも永遠に日本に食糧を提供してくれるだろうと考えるのは幻想なのです。

参考文献:山田正彦『小説 日米食糧戦争―日本が飢える日』(講談社)
     大谷淳一『食糧操作―飢餓の背後に横たわる恐るべき“意図”』(Gakken)


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