「TPP」とは何ですか?

 「環太平洋経済連携協定(Trans-Pacific Strategic Economic Partnership Agreement)」のことです。もともとはシンガポール、ニュージーランド、チリ、ブルネイの4カ国が2006年に結んだ自由貿易協定(FTA)でした。貿易が経済の大きな部分を占める小国が集まり、自由化の関係を作ろうというものでした。

その特徴は関税を撤廃し、徹底した自由貿易、自由競争、投資を進めるというものです。これに参加するとさまざまな分野に外国企業が参入できるようになります。内容が過激であるにもかかわらずこれまで注目されなかったのは、関係国が小国であり、影響も小さいと見られていたからです。
しかし2009年11月にシンガポールで開催されたAPEC(アジア太平洋経済協力首脳会議)でアメリカのオバマ大統領が参加を表明したことから急に注目を集め、オーストラリア、ペルー、ベトナム、マレーシアも参加を表明しました。現在、9カ国での交渉が行なわれており、2011年11月のハワイでのAPECまでに妥結することを目指しています。

「TPPに参加しないと世界の孤児になる」というのは本当ですか? 

 嘘です。「TPP」に関する具体的な議論もなされず政府も財界もメディアもただ「自由貿易は良いことだ」「平成の開国」といった単純で情緒的な言葉で世論をあおっているとしか思えません。

2010年10月1日の衆議院での所信表明演説で菅直人首相は突然「TPP」への参加検討を言いだしました。すると米倉経団連会長もすぐに歓迎の意を示しました。大手メディアにも「TPPに参加しなければ日本は滅んでしまう」という論調があふれました。しかし農業団体や民主党内からの反対も強く、結局「関係国との協議開始」という閣議決定をして2010年11月の横浜APECに臨みました。
日本はこれまでアジアの経済連携については「ASEAN10カ国+6(日本、中国、韓国、オーストラリア、インド、ニュージーランド)」を提唱して来ました。インドを入れることで中国をけん制しながら東アジアを軸に市場を拡大し、アメリカ依存からの一定の経済的自立を図ろうとしていたのです。それがいきなりアメリカ主導の「TPP」に舵を切りかえた背景には経済よりも政治的思惑があります。

沖縄・普天間の米軍基地移設問題で日米関係はぎくしゃくしてしまいました。尖閣諸島をめぐる中国との対立の中で日米同盟の重要さを再認識した菅首相は「TPP」に参加することによってアメリカとの関係を何とか修復しようとしているのです。

「TPP」に反対しているのは農民だけ、という印象を受けますが?

 確かに「TPP」に参加すれば農業に与える影響は深刻なものがありますから、農民が反対するのは当然です。しかし「TPP」によって影響を受けるのは農民だけではありません。「TPP」は24の分野について作業部会が設けられ、協議が進められています。その中には労働力、金融、知的財産権、環境、公共サービス、投資などがあり、私たちの社会の在り方そのものを根本から変えてしまうほどの影響力を持つものです。そんな重大な政策転換であるにもかかわらず国会でまともな議論もせず、マスコミは問題点を一切報道せず、あたかも反対しているのは農民だけであるかのような印象操作を行なっています。
「TPP」参加9カ国のうちシンガポール、チリ、ブルネイ、ペルー、ベトナム、マレーシアの6カ国とは日本はすでに経済連携協定(EPA)を結んでいるので「TPP」で改めて交渉する意味はありません。また9カ国のうちアメリカ以外の国はいずれも経済的な小国です。つまり「TPP」とは実質的な日米2国間のFTAのことなのです。

「TPPは農業にとっては損だが製造業にとっては得だ」というのも間違っています。関税が撤廃されれば日本の工業製品の輸出が伸びるように言われていますが、日本の輸出企業の多くはすでに海外に生産拠点を移しています。アメリカの関税率は自動車で2.5%、家電(テレビ)で5%ほどで、それほど高いわけではありません。むしろ関税よりは為替変動のほうが貿易に与える影響は大きいのが実態です。

例えば日本と比べて韓国のほうが経済が好調で、それは韓国が自由貿易を進めているからだと言われていますが、韓国が輸出を伸ばしている原因はウォン安です。ですから「TPP」に参加してもドル安円高である限り、日本の製造業が潤うことはないのです。

「TPP」は一見、貿易に関する取り決めのように見えますが、アメリカの狙いは参加国の国内政策を「TPP」によってアメリカに都合の良いように変えることです。その背後にはワシントンでうごめいているさまざまな業界のロビイストたちがいるのです。

「TPP」で経済を活性化させ、その儲けで海外の農産物を輸入すれば良いのでは?

 最近、アラブ諸国で起きている「ジャスミン革命」の背景には経済格差と穀物価格の高騰があると言われています。人口の増加、気候変動、途上国の所得増による消費者の食の変化、ロシアなど輸出国の輸出制限、アメリカの穀物のバイオ燃料化…さまざまな要因によって今、世界の食料価格は過去最高になっています。日本人の食卓がその被害をさほど受けていないのは今、円高だからです。今後も世界の食料価格の高騰、在庫レベルの低下が続く見込みでFAO(国連食糧農業機関)は各国に生産の拡大を呼びかけています。

食料を自給することは経済というよりは安全保障の問題です。特に主食に関してはどこの国も基本的に100%自給を目指しているのに、日本は穀物自給率も驚くほど低いです。食料自給率が低いのは農産物への関税がさほど高くないからです。日本の農産物の平均関税率は12%以下で、今でも世界最低の水準です。このうえ「TPP」に参加すれば、日本の米は日本人の口に入らず、外国の金持ちが食べて、日本人は中国やアメリカ、タイ、ベトナムなどの安い米を食べるしかなくなるでしょう。

今、日本が遺伝子組み換え食品に表示を義務づけていることをアメリカは「貿易障壁」だと非難していますが、「TPP」に参加すれば食品安全基準や農薬の種類も規制緩和されるでしょう。輸入農産物の検査も厳密にできなくなり、消費者の健康よりも貿易の自由が優先されるようになります。

また日本が食料を大量に輸入すれば、輸出する国の環境にも影響を与えます。農産物の輸出は土と水の輸出でもあります。海外の農産物を買うことによって日本は生産国の土や水などの資源を奪うことになり、また輸送の際には大量の二酸化炭素を排出します。食料の輸入が増えれば増えるほど地球温暖化は進むでしょう。

アメリカにとって「TPP」はどんな意味があるのですか?

アメリカ経済は金融問題、アフガニスタン問題を抱え、失業率も高く、低迷しています。オバマ大統領の再選も危ぶまれています。アジア経済圏ではすでに中国とインドの存在が大きくなり、アメリカは焦っています。そんなアメリカが目をつけたのが「TPP」です。オバマ大統領は「TPPによってアメリカは5年間で輸出を2倍にし、200万人の雇用を確保する」と言っています。大統領は「TPP」を主導することで急成長するアジアの市場を取り込み、失業率を下げ、政権維持を図ろうとしているのです。

「TPP」で労働者の移動が自由になるとどんなことが起こるのですか?

 モノでも人でも、移動が自由になれば安いところから高いところへ流れて行きます。「TPP」参加によって低賃金で働く労働者が大量に日本に入ってくることになり、賃金・労働条件の引き下げ競争が起こるでしょう。またアメリカの企業がビジネスを円滑に行なうために労働者のストライキをする権利を抑えたり、経営者が労働者を自由に解雇できるアメリカ並みの解雇権の乱用も日本に持ち込まれるのではないか、と言われています。

恐ろしいのは、もし日本政府が「TPP」協定の定める規制緩和に応じなかった場合、外資系企業が損失を受けたと主張して日本政府を訴え、賠償請求ができることになっている、という点です。日本がこれまで築いてきた国民の基本的人権や生存権を守る法律や制度が「TPP」の前では意味をなくしてしまうのです。つまり「TPP」に参加するということは、国の主権を放棄することなのです。なぜこのような危険な協定を議論もせず、いきなり結ばなければならないのでしょうか?

医療まで自由化されるとどんなことが起こるのですか?

 アメリカの映画監督マイケル・ムーアが作った「シッコ」という作品があります。アメリカには国民すべてが加入する医療保険制度はなく、自由診療の国です。「自由診療」といえば聞こえは良いのですが、貧乏人は病気になっても満足な治療は受けられません。「シッコ」はアメリカの「命の沙汰もカネ次第」の現実を鋭く批判したものですが、「TPP」に参加すれば日本も貧乏人は医療を受けられない国になってしまうかも知れません。

「TPP」に参加すると、参加国の国内法や制度よりも「TPP」による取りきめが優先されるようになります。日本が世界に誇る皆保険制度も外資の医療ビジネスへの参入を阻害する「貿易障壁」と見なされてしまいます。営利を目的とする外資が医療ビジネスに進出すれば、病院は公的医療保険による診療を行いつつ、高額な自由診療との「混合診療」をするようになるでしょう。「混合診療」が解禁されれば、製薬会社や医療機器メーカーは新しい薬や治療法に公的保険を適用させるための努力をしなくなるでしょう。その結果、最先端の薬や治療法は金持ちだけのものになってしまうでしょう。また地方の公立病院などは立ち行かなくなるでしょう。海外の富裕層を受け入れ、ホテル並みの設備の病院で診る「医療ツーリズム」はすでに一部では解禁されていますが、「TPP」参加はその流れをいっそう加速させ、貧しい日本人を医療から締めだすおそれがあります。

中国や韓国は「TPP」に参加しないのですか?

中国はアジア市場ですでに独自の地位を築いているし、人民元の問題があるので「TPP」への参加はありえない、というのが大方の見方です。中国はアジアの新興成長国を軸に構成されている「東南アジア諸国連合(ASEAN)」との間にFTAを結び、ラオス、カンボジア、ビルマ(ミャンマー)などに高速鉄道、道路、ダム、橋などを作って投資しています。すでに東アジアは中国経済圏と呼んでも良いような状況なのですから、アメリカが主導する「TPP」に参加する必要はないでしょう。

韓国は3年越しでアメリカとFTA交渉を続け、粘りに粘って重要農産物である米を除外させたり、アメリカ産牛肉の輸入に韓国の安全基準を認めさせようと苦労して来ました。それでもまだ国会での批准はなされていません。そのようにアメリカとの交渉で苦労してきた韓国が一切の例外を認めない無条件の自由貿易、食の安全基準さえも「貿易障壁」と見なして撤廃しようとする「TPP」に参加することなど考えられません。

参考文献:「TPP何が問題? 暮らしはどう変わる?」(アジア太平洋資料センター)
     中野剛志『TPP亡国論』(集英社新書)


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