最近、自殺者が多すぎると感じるのですが?
日本の年間自殺者数は1998年以降、毎年3万人を超えています。9月10日から「自殺予防週間」ということになっていますが、自殺者は一向に減りません。政府は2000年に初めて自殺予防対策を施策として取り上げ、2002年に自殺予防に向けた提言を行いました。
その軸となったのが「精神科の早期受診」キャンペーンです。そこには「多くの自殺者は精神疾患がありながら、心理的抵抗があって精神科や心療内科を受診していなかったのではないか。もっと早く医師が診察していたら自殺は防げたはずだ」という考え方があります。
自殺が社会問題として取り上げられるたびに「不況だから」「ストレス社会だから」というのがマスコミのお決まりの論調でした。確かに不況やストレス社会も要因の一つでしょう。
しかし、マスコミが決して取り上げない問題があります。自殺が増え出した98年ごろからうつ病患者が増えはじめ、抗うつ薬の売り上げも急に伸びている、という事実です。
厚生労働省の調査では気分障害患者数(その大半はうつ病)は99年に44万1000人、2002年は71万1000人、2005年には92万4000人、2008年にはなんと100万人を突破してしまいました。これは異常な増え方です。
一方、抗うつ薬や抗不安薬、睡眠導入剤などの売り上げは98年に173億円でしたが翌年以降増え続け、2006年には875億円に達しています。こちらも異常な伸び方です。
うつ病は早期に受診して薬を飲めば治るのではありませんか?
自殺者の遺族が作った「全国自死遺族連絡会」という組織があります。2006年10月以降に亡くなった方1016人の遺族に対して会が聞き取り調査をしたところ、約7割の人が精神科を受診中でした。
東京都福祉保健局が2008年に発表した「自殺実態調査報告書」では自殺者の54%が医療機関に相談していたことが判明しました。
うつ病は早期に受診して薬を飲めば治るという、いわば「常識」とは違う実態をこれらのデータは示しています。もちろん早期受診で治った患者もたくさんいるでしょう。
しかし、治るどころか病気が悪化して自殺に追い込まれた人も決して少なくない、というデータがあるにもかかわらず、マスコミはそれを報道していないのです。
自殺だけでなく死因不明の不審死も最近、増えています。
不審な死に方をした遺体は司法警察が行政解剖をします。東京都監察医務院が2006年から10年間に行った行政解剖1万3499件において検出された薬物は、覚せい剤が136件、医薬品はなんと3339件でした。
違法薬物である覚せい剤よりも医薬品のほうが約25倍も多く検出されたというのは驚くべきことです。つまり薬は使い方によっては患者を中毒死させることもあるということです。
精神科と心療内科はどう違うのですか?
本来、精神科は分裂症などの精神疾患を扱い、心療内科は主に心身症(ストレスや心理的原因による体のさまざまな不調)を扱うものでした。
しかし精神科という看板を掲げると抵抗を感じる人が多いので心療内科・メンタルクリニックなどという看板を掲げているところもあり、厳密に分かれているわけではないようです。
従来、日本の精神医療は患者を精神病院に隔離する「収容医療」が主でした。しかし入院が長期に及ぶと社会復帰できないケースが多く、国際的にも批判されていました。
そこで近年は精神病棟を減らして患者を通院で治療する方針に転換しました。先進国では患者を社会に戻す方向性を取る国が多く、イタリアでは精神病棟が全廃されました。しかし、それによって心療内科やメンタルクリニックが街に乱立し、未熟な医師がずさんな診療をするという弊害が生まれました。
精神科は検査や手術ができる設備も必要なく、若い医師や女医でも負担なく開業できます。患者が女性の場合、女医のほうが相談しやすいことから女医のいる病院に行く傾向があります。
しかし精神疾患は複雑で分かりにくい病気です。レントゲンや採血で原因を突き止められるものではないので本来、時間をかけてじっくりと患者に向き合う姿勢が必要です。
薬を飲まなくても自然治癒力で治る患者も多いのにとにかく薬さえ出せばいい、という安易な姿勢の医者が少なくないのが現状です。
「多剤大量処方」とは何ですか?
薬を多種類、併用することで、日本の精神医療の一番の問題点と指摘されています。
欧米では単剤か2種類、多くても3種類で治療するのが原則なのに日本では10種類以上の薬を処方する医者が少なくありません。
2010年の厚生労働省の調査では、抗うつ薬の他剤との併用率は海外では3〜25%、日本では19〜36%と報告されています。
薬を大量に服用すると耐性ができて薬が効きにくくなります。
また依存状態になるので薬を止めようとすると今度は激しい「離脱症状」に襲われます。それを医師に訴えると「病気が悪化した」「本来の病気が発現した」などと診断され、さらに強い薬が処方されたり、なかには病名そのものが変わることもあります。
そのような過程で薬物中毒になる人が出るものと思われます。
今、病院でうつ病と診断されると「SSRI」(選択的セロトニン再取り込み阻害剤)というタイプの抗うつ薬を処方されることが多いです。これは従来の「三環系抗うつ薬」よりも副作用が少なく効果が高いとされ、日本では99年に使われ始めました。
ところがその後、欧米では「SSRI」が自殺を誘発する危険性があることが分かり、国によっては未成年者に対する処方を禁止しています。日本でも薬の添付文書の警告欄に「18歳未満への投与は慎重に」と小さく書かれていますが、ほとんどの医師が知らないのが現状です。
なぜ医者は薬を出したがるのですか?
薬をたくさん出してあげることが良い治療だ、と思いこんでいる医師が多いからでしょう。
また患者のほうにも「薬信仰」があり、出された薬はきちんと飲まなければ、と考える傾向があります。医学部や臨床の現場で先輩医師がやっていたやり方に何の疑問も持たず、踏襲する医師も少なくありません。
勤務医のほとんどは前任者から患者を引き継ぐので「この処方はおかしい」と思っても、薬を変えて病状が悪化するのを恐れてそのまま続けてしまいます。薬に添付されている注意をまったく読まない不勉強な医師もいます。
うつ病と診断される基準が低いことも一つの原因です。
少し気分が落ち込んだぐらいですぐに病院に行き、簡単な質問に答えただけでうつ病と診断されてしまうケースが珍しくありません。
診療報酬制度の弊害もあります。
精神科における診療点数は「5分以上30分以内」と「30分以上」に分かれています。
再診の場合、点数は最大でも70点しか変わりません。つまり5分診察した場合と30分以上診察した場合の診療報酬の差は700円に過ぎないのです。
極端にいえば5分で「うつ病です」と診断を下し、投薬して患者に早く帰ってもらう方が医師が儲かる仕組みになっているのです。
「レセプトチェック」とは何ですか?
「レセプト」とは医療機関が健康保険組合など、保険者に請求する医療費の明細書のことで、診療内容や処方された医薬品名が書かれています。
各自治体にある国民健康保険団体連合会がこれを見て薬の処方が適切かどうかのチェックを行う、という仕組みになっています。
「レセプトチェック」が正しく機能していればかなりの問題が解決できるはずですが、実際には健康保険組合の多くは厚生労働省の天下り先と化しています。人員も不足しており、チェック機関としての役割を果たしていないのが現状です。
患者に薬を直接手渡す薬剤師に「医師の暴走」を食い止める役割が期待されたこともありましたが、実際には難しいようです。
病院と薬局はいわば持ちつ持たれつの関係であり、薬剤師は雇われの身で医師や薬局に比べて立場が弱いからです。
「ADHD」とは何ですか?
「ADHD」は「注意欠陥多動性障害」と訳されます。授業中、席にじっと座っていられないでうろうろ歩き回ったり、突飛な行動に出たりする子供の症状を指します。最近ではこれらが「発達障害」「学習障害」という「病気」だとされ、学校側が精神科の受診を勧めるケースが増えているそうです。
2011年3月、厚生労働省の研究班が全国の小児神経専門医など1155人を対象に、「発達障害」のある子供に向精神薬を処方しているかどうか、を調べるアンケート調査を行いました。
その結果、回答した618人のうち約3割の医師が小学校入学前の幼児に向精神薬を処方していることが分かりました。小学校低学年まで含めれば5割以上、高校生まで含めれば7割以上の医師が子供に向精神薬を処方している実態が明らかになりました。
大人でも副作用に苦しむ薬を子供に処方することの危険性は多くの医師に指摘されています。15歳までの子供の脳は未発達で、大人の脳とはまったく別物だからです。
向精神薬は麻薬や覚せい剤と同じく、脳の中枢神経に作用するので脳の発達を阻害する恐れがあります。また脳細胞は一生の間、ほとんど細胞が入れ替わらないので薬は排泄されずに蓄積していくことになります。
危険性が指摘されているにもかかわらず、年端もいかない子供に薬を処方する医師は減っていません。また学校や教師に子供の問題を解決する能力がないという問題もあります。
子供が癇癪を起したり、他の子と違う行動をするのはある意味で自然なことなのに、困った教師が「あなたは病気なのだから病院に行きなさい」と勧めているとしたらとんでもないことです。
2010年6月、国連児童の権利委員会が「日本ではADHDが薬物によって治療される生理的障害とみなされ、社会的決定要因が考慮されていない」ことに懸念を表明し、「製薬産業とは独立した形で研究が実施されること」を求める勧告を出しました。
「ビーダーマン博士騒動」とは何ですか?
アメリカの児童精神医療の権威であるハーバード大学のジョセフ・ビーダーマン博士が子供の双極性障害(躁うつ病)の薬を製造するイーライリリー社、ジョンソン&ジョンソン社などから講演料やコンサルタント料として計160万ドルを受け取りながら大学の事務に報告していなかったという問題です。
アメリカではビーダーマン博士の研究をきっかけに双極性障害と診断される子供が1994年から2003年にかけて40倍に増え、それに伴って小児への向精神薬処方も激増したと言われています。
有名な医師と製薬会社との密接で不透明な関係はアメリカだけの問題ではありません。
「市民の人権擁護の会」が行った情報公開請求で明らかになったところによると、日本うつ病学会理事の野村総一郎氏は2008年4月から09年9月までの間に製薬会社から講演料など約72万円を受け取っていたそうです。
また独立行政法人精神・神経医療研究センター理事長であり、内閣府の自殺対策推進会議の座長でもある樋口輝彦氏は2010年5月から11年6月までのわずか1年余りの間に講演料や原稿の監修などの名目で製薬会社から合計370万円を受け取っていたそうです。この件は10月25日、衆議院の青少年問題に関する特別委員会でも取り上げられました。
日本の自殺対策のトップを務めている医師が抗うつ薬を製造している製薬会社から金銭を受け取り、うつ病の早期発見と早期治療を講演で訴える、という構図は何を意味しているのでしょうか?
心の病を抱える本人はもちろんのこと、家族にとっては毎日が苦しみの連続で、救いを求めて講演を聞きに来る人は多いでしょう。
しかし、その講演会を主催しているのはどこなのか、調べてみる必要があると思います。
参考文献:伊藤隼也「うつで病院に行くと殺される!?」(雑誌「SAPIO」)